私が一番好きな外国はフィリピンだ。陽気な国民性とお節介すぎるほどのホスピタリティ。それに、美しい海がある。海が大好きな私にとって、これは何よりの魅力だ。おまけに物価が安いときてはリピーターになるのは当然だろう。

 私は二ヶ月ぶりでセブのマクタン空港に着いた。セブ空港のあるマクタン島とセブ本島はマクタン・マンダウェイ橋で繋がっている。日本が戦後賠償で造った橋だ。空港から車で20分のところに私の定宿がある。客室はすべて平屋の萱葺きのコテージだ。ツインベッド、エアコン、温水シャワーの設備がある。設備は同じだが、海辺のコテージは料金が少し高い。数メートル先が波打ち際だ。

「ハーイ、ニシクボ」「ハーイ、マレミツ」ホテルに着いた途端、あちこちから声がかかる。中には「パパサン」と言う者もいる。最初にこのホテルに泊まった時は息子と一緒だったからだ。


 部屋に荷物を置くと早々にレストランへ行く。既に夜も九時を過ぎているので満席だ。陽気なラテンバンドのステージが始まっている。すかさずウエイターがテーブルに案内してくれる。リザーブドの札が置いてある一等席だ。私がホテルに着いたのを知って、すぐにテーブルを用意していてくれていたのだ。

 席に着くと「マスカレード」の演奏が始まる。私の大好きな曲だ。リーダーが私にウインクをしている。 彼の本業は隣町の警察署長だ。ピアノもギターもボーカルも次々に笑顔でウインクを投げかけてくる。皆、久しぶりの再会を喜んでいるのだ。私は冷えたサンミゲールを一気に飲み干し、セブ島に戻ってきた自分を実感した。オープンエアーなので夜風が爽やかだ。




 ステージが終わると、バンドの連中は一斉に私のテーブルに駆け寄ってくる。「何日滞在するの?」 「家に遊びに来てよ」「奥さんは一緒じゃないの?」「息子は元気?」口々に話しかけてくる。中には私に抱きついてくる者もいる。日本人の私にとって、オーバー過ぎるほどの彼等の感激ぶりだ。

 最後のステージも終わり、レストランがクローズすると、待ちかねていたホテルのスタッフも集まってくる。ウエイター、バーテンダー、支配人もいる。テーブルをいくつも並べてパーティが始まる。彼等はサンミゲールの小瓶のラッパ飲みだ。歌を唄う者、踊り出す者、みんな陽気で気のいい奴らだ。

 パーティも終わり、庭を通って自分のコテージへ戻る。見上げると満天の星空だ。ベッドに横になると波の音だけが聞こえてくる。それも一瞬で、心地よい眠りにつく。

 数時間後には小鳥の囀りで目を覚ます。深夜まで飲んで騒いだのが嘘のように気分は爽快だ。冷たいシャワーを浴びてコテージから出ると、抜けるような青空だ。「グッドモーニング」戸外の掃除をしていたスタッフが挨拶をする。「マガンダン・ウマガ」私も応える。心からそう言える素晴らしい朝だ。昨夜は目の前にあった海は引き潮で百メーターも先である。

 いつの間に移動させたのか、昨夜は目の前にあった数艘のバンカーボートが遥か沖合いにアンカーレイジしている。バンカーボートはフィリピン独特の船である。両側にアウトリガーを付けた木造船だ。これに中古のジーゼルエンジンを載せている。セブ島で人気のアイランドホッピングはこのバンカーボートに乗って行く島巡りだ。フィリピンは七千以上の島からなる島国だ。セブ島の沖合いにも沢山の小島が点在している。


 私は昨夜の内にトニーというホテルのバーテンダーにアイランドホッピングの手配を頼んでおいた。トニーが選んだ非番のボーイ達が船に荷物を運んでいる。食料や飲み物、薪などだ。トニーの家族が早起きして仕込んできたのだろう。飲み物は瓶入りなので、冷蔵箱は30KG以上もある。遠浅なので船までの距離が遠く、荷物運びは大変な仕事だ。腰まで海に浸かって運んでいる。

 アイランドホッピングに出発する前に、朝食を食べにホテルの庭を通ってレストランへ向かう。途中、何人ものスタッフから陽気な声をかけられる。早番のスタッフも私が昨夜到着したことを知っているらしい。「昨夜は何時まで飲んでいたの?」「二日酔い大丈夫?」「今度は一人?」情報は瞬く間に伝わるようである。


 レストランに入るとアイリーンが待ちかねていた。彼女はウエイトレスだ。数年前に初めてこのホテルに泊まった時に、私の係りをしたのが彼女だ。それ以来、彼女が私の係りに決まっているらしい。他のウエイトレスは決して寄ってこない。彼女は私をテーブルに案内をすると、オーダーも聞かずに朝食を運んでくる。いつものマンゴージュース、フルーツ、それにフライドエッグとカリカリに焼いたベーコンだ。ちゃんと私の好みを憶えているのだ。

「亭主と子供は元気かい?」
「元気よ、この前貰ったチップで息子にスニーカーを買ってやったわ。息子は大喜びよ!!」彼女は陽気に答える。
「今晩、家族でディナーにお出でよ。招待するよ」きっと、家族揃ってめかしこんでやって来るだろう。

 朝食を終えていよいよアイランドホッピングに出発だ。海水に浸かり船まで歩く。海底が珊瑚礁なので裸足では歩けない。ビーチサンダルが脱げそうで歩き難い。トニーが船上から引っ張り上げてくれた。既に全員が乗り込んで待っていた。私から今日のアイランドホッピングを任されたトニーが指揮をとり、兄はその補佐役、女房は料理係りだ。何度もトニーの家に遊びに行っているので家族とも顔馴染だ。三人の荷物運びと船長とクルーが二人。客の私を入れて総勢十人だ。皆、知った顔だ。ひとしきりの再会の挨拶が済むと、いよいよ出航だ。

 ジーゼルエンジンの音が響き、バンカーボートは走り始めた。エメラルドグリーンの海が続く。水深数メーターの珊瑚礁だ。海底がはっきりと見える。潮風が心地良い。しばらくすると海の色が濃いブルーに変化する。ドロップオフを越えたのだ。一気に数百メーターの水深だ。スピードを上げて潮流を横切る。顔に降りかかるスプレーが気持ち良い。照りつける太陽ですぐに白い塩になる。


 デッキで暫く横になる。船の揺れが心地良い。まどろみから覚めた私にトニーがサンミゲールを持ってきてくれた。冷えたビールが旨い。そろそろ、無人島に上陸して昼食だ。遠浅なので船は島のそばまでは行けない。100メーターほど沖合いに船を停泊した。ボーイ達が頭の上に荷物を乗せて運んでいる。珊瑚礁の海に腰まで浸かったが温かい。浅くなるにしたがって、海水の温度も増してくる。膝くらいの深さまで来たら、まるで温泉のような温かさだ。


 島は白砂に取り囲まれていた。島の突端は真っ白い砂洲が心細いほど先に先に伸びている。島の周りはエメラルドグリーンの海だ。遠浅なので波の音は全く聞こえない。椰子の葉が揺れる微かな音だけがこの世のものだ。白砂に横たわり目を閉じると、そこは黄泉の世界だ。天国に一番近い島というのを聞いたことがある。あれはニューカレドニアのウベア島だったはずだ。あの作者はこの島を知らなかったのではないか。天国に一番近い島はここだ。私はそう確信している。この島はそれほど私を浮世の煩わしさから遠ざけてくれるのだ。


「食事よー」というトニーの女房の声で私は現世に呼び戻された。しかし、私が何処で何をしているのか、季節はいつなのか、それらを理解するまでにはかなりの時間を要した。昼食は魚と海老と貝のバーベキューだ。魚はフィリピンの代表ともいえるラプラプだ。この魚の名前はマクタン島の酋長ラプラプからきている。かの有名なマゼランを戦で殺したのがラプラプ酋長なのだ。彼等から見ればマゼランは侵略者だったのだ。このラプラプ酋長は今もセブ島の英雄として崇められている。銅像はセブのマクタン島にある。海老は体長30センチ以上もある大きなものだ。伊勢海老の数倍もあるが、色が薄く、味は大味であまり美味しいとは言えない。よく、ロブスターと英訳されているが、ロブスターは海老とは違って、大きな鋏を持ったザリガニの一種だ。プローンが正しいだろう。


 昼食を終えて再び船に乗る。次の島は人が住んでいた。私達が島に上陸すると、島民のほとんどが周りに集まって来た。女、子供、年寄りばかりだ。働き手は本島へ出稼ぎに行っているのだ。手に手に籠を持っている。貝殻を売りにきたのだ。しかし、何も言わずに立っているだけだ。私はその中の一人に、貝殻を見せてくれと言った。差し出された籠の中には色々な種類の美しい貝殻が入っていた。その中の1個を買った。もう1個を買いたいと言うと次の人から買ってくれと言う。次の人が籠を差し出したが、先程と同じような貝殻だ。1個を買うと次の人に替わった。彼等は一人で儲けようとはしないのだ。狭い島で暮らす知恵なのだろう。

 買い物が一段落した後、子供達が学校を案内してくれた。こんな小さな島にもちゃんと学校があるのだ。校舎は萱葺きの建物で壁はない。教育を受けたこともないこの島の親達も自分達の子供には教育を受けさせたいと思っているのだろう。2時間ほど船に乗るとセブ本島に行けるのだが、ほとんどの子供は行ったことがないそうだ。それどころか、周囲2〜3キロのこの島から出たこともないらしい。島には店がないが、時々、物売りの船が来るということだ。自給自足に近い生活をしている島民にとって、週に数艘来る観光客に貝殻を売るのが島での唯一の収入なのだ。

 夕方、ホテルに戻った。早速、シャワーを浴びて塩を洗い落とす。夕食前にバーへ行って一杯やる。火照った体に冷えたビールが旨い。涼しい風も吹いてきた。私が来ていることを伝え聞いたマニエルが奥さんと車で一時間弱のセブシティから会いに来た。彼は私が初めてセブ島を訪れた時からの知りあいだ。スペインの血が入っているらしく、とてもハンサムな男だ。今はビジネスマンだが、当時、彼はこのホテルのウェイターをしていた。彼は大学を卒業しており、他のスタッフと違って、向上心に溢れていた。彼の奥さんは結婚した時には大学生だったのだが、結婚して卒業できないままになっていることを彼は大変気にしていた。それで、私は彼女が卒業するまでの学費を出してあげたことがある。と言っても、日本人にとっては大した額ではない。彼は、それを忘れずに、私がセブ島へ行くと必ず会いに来てくれるのだ。今夜も賑やかになりそうだ。