フィリピンのセブ島は日本でも良く知られたリゾートだが、マタブンカイをご存知の人は少ないだろう。 ルソン島のマニラシティから南へ車で3時間ほどのリゾート地だ。少し先には外国からの観光客で賑わうプンタバルアルテがあるが、マタブンカイは地元の客がほとんどだ。

 ホテルと言えるのは一軒だけで、他はゲストハウスという安宿ばかりだ。ここのビーチの特徴は海の上に 浮かぶバルサだ。バルサとは竹で作った6帖ほどの筏だ。テーブルと椅子、それに日よけのシートも張って ある。浜から少し離れたところにアンカーを打ち、固定してある。

 観光客はこのバルサの上で一日をのんびりと過ごすのだ。食事や飲み物はホテルの従業員が船で運んできてくれる。ゆらゆらと揺れて昼寝をするにはもってこいだ。泳ぎたければ寝返りをするだけで海の中だ。私はこのバルサが目当てでマタブンカイへ行ったのだ。

 成田からマニラに着いたのはクリスマスの数日前だった。マニラの街はクリスマス一色に飾り付けられて いた。フィリピンの人達にとって一年で最大のイベントなのだ。遠くに働き行っていた人も皆家に戻って家族揃ってクリスマスを祝うのだ。日本のお盆や正月と同じだ。

 夕方、マニラからチャーターしたマイクロバスでマタブンカイへ向かった。今回は私と女房、娘、友人の 建築士・長谷部さんの家族とご一緒、長谷部さんのお子さんが二人で二家族7人だ。長谷部さんご家族とは セブ島へご一緒している。出発して間もなく日が暮れた。途中、避暑地で有名なタール湖の湖畔にあるタガイタイのホテルで夕食をとって又走り続けた。人家も全くない暗闇の中を猛スピードで走る。たまに小さな集落があるだけだ。

 前方に灯りが見えた。道路の中央に数人の人影が見えた。近づくにしたがって彼等が銃を持っているのが わかった。日中でも観光バスが強盗団に襲われることがあると聞いていた。まして、夜更けの人里離れたところだ。私は家族連れで来たことを後悔した。マイクロバスはスピードを落とした。7〜8人の男達がM16自動小銃を持って待ち構えている。私はお金をどこに隠そうかとせこいことを考えたが、咄嗟には良い考えが浮かばない。お金を渡した方が危害を加えられないだろう。数十万円のお金よりも命が大事だ。

 マイクロバスは止まりかけた。彼等が乗込んで来ると思った瞬間、運転手はアクセルを踏み込んでバスは 急にスピードを上げた。逃げたらかえってまずいのではと思った。一息走ってから運転手が自慢気に言った。「うちは有力者がやっている大手のバス会社だからね。奴らも手は出せないんだよ。行っていいと言ったんだ」その言葉を聞いて、ほっとしたのと同時に体の力が抜けてしまった。後で考えてみると、いくらフィリピンは治安が悪いといっても強盗団ということはないだろう。おそらく、村の自警団のようなものではなかったのかと思っている。

 私達は夜更けに疲れきってホテルに到着した。でも無事で良かった。疲れがどっとでてきた。私達の部屋は特別室ということで予約をしていたのだが、案内された部屋はアルミサッシの引き戸が付いた日本の民宿のような造りの部屋だ。メゾネットタイプはロフト付きということだ。早々にベッドに横になったが、隣の部屋の中国人達の騒ぐ声が筒抜けだ。何度も怒鳴ってやっと静かになった。見上げると天井には数匹のヤモリがへばりついている。寝ている時に顔の上に落ちてこないだろうか。そんな心配も一瞬で、深い眠りについた。

 子供達の声で目が覚めた。まだ7時だ。昨夜は深夜に寝たのに子供達は疲れをしらないようだ。初めての土地に来て興奮しているのだろう。仕方なくベッドから起きだして外に出た。素晴らしい天気だ。昨夜は暗くてわからなかったが、部屋の周りは緑が溢れなかなか良い雰囲気だ。やはり来て良かった。

 皆でレストランへ行き、朝食をとった。このホテルでの最初の食事だ。まあまあの雰囲気だ。支配人が挨拶にきた。中年の女性だった。

 朝食を済ませ、早速バルサを借りることにした。ここの浜辺は真っ白いサラサラした砂浜なのだが、海底は死滅した珊瑚礁なので、裸足では痛くて歩いて入ることができない。そのために考え出されたのがバルサなのだ。小船でバルサに渡してもらう。二家族でも充分な広さだ。私はビーチタオルを敷いて横になったが、子供達が海に飛び込む度に飛沫がかかる。海から上がってきて濡れた体で走りまわるので雫がかかる。のんびりと昼寝などとてもできない。午後になると波がでてきた。バルサの上にも波がかかる。早々に陸に上がった。思っていたよりも居心地の良いものではなかった。

 昼食を済ませ、小型トラックをチャーターした。この地のタクシーなのだ。私達は全員で近くの町へ買物にでかけた。ちっぽけな港町だ。でも、人が大勢いて賑わっている。近くの砂糖工場の砂糖きびの甘ったるい匂いが漂っている。買いたいと思うようなものは何一つ売っていない。歩いていると、いい匂いが漂ってきた。路上でビーフの串焼きを売っているのだ。食べて見たら、これがとても旨いのだ。私達はトラックの荷台で串焼きを食べながらホテルに戻った。

 夕食を終え、子供達はすぐに眠った。さすがに疲れたのだろう。大人達はバーへ行って飲み始めた。支配人達も同席して座は盛り上がった。そこへ軍服姿の男が来て、隣のテーブルに座った。人相の悪い中年の大男だ。私達の騒ぎを面白くなさそうに、ちらちらと見ている。支配人は彼の機嫌をとるのに一生懸命だ。ボーイが私に耳打ちした。「彼はここの副司令官だ。酒癖が悪いし兇暴だ。人も殺している。部屋に戻った方がいいですよ」

 どうやら、彼は私達に言いがかりをつける切っ掛けを待っているらしい。
「ここに来て一緒に飲まないか」私は彼に声を掛けてみた。
 最初はもったいぶっていたが、私達のテーブルに来た。しかし、座った途端、腰のホルスターから45口径の自動拳銃を抜き、テーブルの上にドンと置き、私達を睨みつけた。相当に性質の悪そうな奴だ。ホテルの従業員達はびくついている。気が付くと周りのテーブルには客がいなくなっていた。

「ハーイ、どうぞ」私の女房がビール瓶を差し出した。一瞬、戸惑っていた彼はグラスを持ってビールを注いで貰った。すかさず、女房が「カンパーイ」と言って、自分のグラスを差し出した。つられて彼もグラスを上げて乾杯をした。私達も乾杯をした。こういう時は女性の方が勇気があるようだ。

 女房達が日本語で彼に悪態を言っているのも知らずに彼は機嫌を直した。言葉が分らないのだから無理も ない。きっと褒められているとでも思っているのだろう。何杯も飲んでいる内に、彼はすっかり打ち解けて、しきりに自慢話をする。「拳銃を見せてくれ」「いいよ」「弾が欲しい」「いいよ」すかさずマガジンから弾丸を全部抜き取った。ホッ!これでもう安心だ。

 1時間ほど経ってから、今夜のパーティはお開きにした。
「明日も来ていいか?」「いいよ」
「グッドナイト」彼はそう言って上機嫌で帰って行った。

 朝になり、私達は30KMほど南へ行ったところにある「プンタバルアルテ」というリゾートに出かけることにした。予約はしていないが一泊の予定だ。私達がプンタバルアルテに行くと知って、支配人が自分の専用車を用意してくれた。この支配人は40歳代の女性で化粧が濃く外見は醜悪だが、私達にはとても親切にしてくれる。運転手はダニエルという名の彼女の恋人だ。まだ20歳代の好青年だ。車はカローラのポンコツ、運転手の他に私達親子7人が乗るのだから窮屈この上もない。

 プンタバルアルテは外国人用のリゾートホテルだ。広大な敷地にコテージが点在している。敷地内をオープンエアーのバスが巡回しているし、電話をすれば何時でも来てくれる。勿論無料だ。思っていたとおり、すんなり二部屋を確保することができた。部屋の造りはマタブンカイのホテルと大差はないのだがルームチャージは二倍はする。宿泊客はほとんどが欧米人だ。

 目の前が海なのだが海水浴場はない。泳ぐのはプールだけだ。三つもあるのだが、どのプールも水が冷たいので子供達もすぐに上がってくる。おそらく地下水を汲み上げているのだろう。お昼になり、私達はプールサイドのレストランで昼食をとった。親子7人でUS$150はちょっと高い。午後は乗馬を楽しんだ。馬はサラブレットより少し小型で子供でも安心して乗ることが出来る。部屋に戻り夕方まで昼寝、子供達は外で遊びまわっている。

 夕食はメインレストランへ出かけ、皆でステーキを食べた。不思議なことに料金は昼食と同じようなものだった。食事が終わり部屋に着くと女房と子供達はシャワーを浴びて寝てしまった。私は友人と二人でバーへ出かけた。広いバーには客がちらほら。欧米人は長期滞在するかわりにお金を使わないのだ。あまり混んでいるのも嫌だが閑散としているのも落ち着かないものだ。私達は早々に引き上げた。そうだ、昨日の副司令官がマタブンカイのホテルに来ているのだろうか。ちょっと気になったが、まあ、いいや。

 翌朝、皆でお土産を買っているとダニエルが迎いにきた。また、ぎゅうぎゅう詰めのカローラでマタブンカイに戻った。やはり、こちらのホテルの方が落ち着ける。支配人に例の副司令官が昨夜来たのか聞いてみた。娘さんを連れて来たそうだ。性質が悪いと思っていたけれど、やはり親なのだなあと思った。娘さんにもホテルのディナーやカクテルを味あわせてやりたかったのだろう。悪いことをしたと思った。まだ一週間もいるのだから、その間に連絡が取れたら家族を招待してあげようと思った。

 夕方からホテルの庭でバーベキューをやることにした。女房と二人でホテルの厨房に入り牛肉、魚、野菜 などの材料を選んだ。ダニエルがウェイター達と準備をしてくれた。私達の部屋の目の前の庭だ。まだ陽のある内からバーベキューパーティは始まった。私とダニエルは専らサンミゲールを飲みながら焼き方を務めた。陽が沈むと支配人やウェイター、ウェイトレス、ガードマン達が入れ替わり立ち代わりやってきた。厨房の連中も差し入れの材料を持ってやってきた。彼らは皆陽気だ。ホテルの仕事は大丈夫なのだろうか。勤務中なのにのんきなものだ。子供達も大喜びだ。私も焼き方を他の人に任せ、大いに騒いだ。皆で記念写真も撮った。4〜5時間が過ぎ、パーティもお開きとなった。

 子供達はすぐに眠ってしまった。親達はホテルのバーへ繰り出した。ここでも大いに盛り上がった。ホテルのスタッフ達も最高に楽しかったとお礼を言ってくれた。女房が部屋に戻って寝るというのでガードマンの一人に部屋まで送っていくように頼んだ。なにしろ、鬱蒼と緑が茂った広い庭を通っていくのだ。暫くしてガードマンが無事に部屋に送り届けましたと報告にきた。私は少々チップをはずんだ。彼はこれから朝まで部屋の前で警備をしますと言って戻って行った。夜も更けて私は部屋に戻り、ガードマンに「ご苦労様」と言って眠りについた。

 鳥の囀りで眼を醒ます。今日も快晴だ。私は昨夜のガードマンのことを女房に話した。「嘘でしょう」そう言って部屋から出た女房が飛び込んできた。「本当に部屋の前に彼がいるわ」約束どおり彼は一晩中自動小銃を持って部屋の前に立っていてくれたのだ。女房は感激してお礼を言い、感謝を込めてチップを渡した。

 今日はクリスマスイブだ。フィリピンでは一年で最大のイベントだ。ただし、この日は家族揃ってお祝いするので、皆、家で過ごすのだ。私は数日前に小さなバンカーボートをティコに注文していたので、夕方になってその代金を払いに出かけた。彼は私達が借りたバルサのオーナーだ。外国人客が少ないマタブンカイでは1台のバルサでは売上は高が知れているだろう。私が頼んだの船はUS$250だ。エンジンのない、セールの付いた2〜3人乗りのアウトリガーだ。このような船を借りると一時間あたりUS$10くらいだ。10日以上も滞在しているのなら買った方が安いのだ。

 途中、子供達に道を聞きながら彼の家を訪ねあてた。私を案内してくれた子供達がはにかみながら「クリスマスプレゼント頂戴」と言っている。日本でも私の子供の頃は七夕には家々を回ってねだったものだ。訪ねた家の奥さんが「今日はクリスマスよ。プレゼントに5ペソ(約20円)ずつあげてくれない」と言った。私は「ありがとう」と言って5ペソずつ渡した。ふと見ると、子供達が続々と集まってきて行列をつくっている。この部落は特に貧しいのだろう。クリスマスだというのに、皆、擦り切れたTシャツにちびたゴム草履だ。中には裸足の子供もいる。すぐに小銭はなくなってしまった。奥さんに両替に行って貰った。ついでに駄菓子を買ってくるよう頼んだ。腕白小僧どもが手伝いに彼女の後を追って駆け出して行く。間もなく奥さんと大きな袋を抱えた子供達が戻ってきた。また渡し始める。5ペソを貰うと、テーブルの上にひろげた駄菓子から眼をキラキラさせて好みのものを選び、「サラマ(ありがとう)」と言って駆け出して行く。100人以上、おそらく部落中の子供が来たようだ。気が付くとお婆さん達も列の後ろに並んでいた。

 翌日、ホテルの女性スタッフの一人が私を訪ねてきた。「昨日は本当にありがとうございました。私もあの部落に住んでいます。あなたののおかげで私の部落の人達は皆ハッピーなクリスマスになりました。ありがとうございました。」彼女は部落を代表してきたのだろう。彼女の言葉を聞いて耳を疑った。私の行為をこんなに喜んでくれるとは思ってもいなかった。彼等が貧乏だからといって、無闇にお金をあげるのは良くないと思う。まして、恵んでやるという思いがあれば尚更だ。彼らにもプライドがあるのだ。クリスマスのプレゼントだから、これほど喜んで受け取ってくれたのに違いないと私は思った。

 午後になってティコが船を届に来た。彼は船を買いに朝から他の村まで出かけて行き、。数時間かけて帆走してきたのだ。浜に出てみるとセールをシバーさせて真新しい木造船が浮んでいた。早速乗り込んで帆走してみた。セールが小さいのでスピードが出ないが、子供達と遊ぶにはこんな程度で良いだろう。私達が使わない時は商売に使っても良いという代りに、ティコが舟を管理をしてくれることになった。最初は喜んで乗っていたいた子供達は3日もしたら飽きてしまった。後は専らティコが他の客に貸出して稼いでいるようだ。バルサよりはお金になるらしい。

 大晦日には私達全員が副支配人の家に招待されていた。彼は30代の好青年で、いつもニコニコしている。暗くなってからホテルの近くの彼の家を訪れると、家族全員で出迎えてくれた。美人の奥さん、可愛い子供達、品の良いご両親だ。庭にはパーティの準備が整っていた。テーブルの上には彼等の心尽くしの料理が並んでいる。まず、ワインで乾杯。あとはサンミゲールを飲みながら手作りの料理をいただき、話に花がさいた。子供達は仲良く遊んでいる。言葉が通じなくても意思は通じるのだろう。楽しい時間はあっという間に経過する。ホテルのボーイが支配人の使いでやって来た。「そろそろ戻ってきませんか」と言うのだ。私達は心からお礼を言っておいとました。

 ホテルでは支配人が私達のためにパーティの用意をして待っていてくれたのだ。クローズしたレストランの中央に20人ほどの席が設けられ、真っ白いテーブルクロスの上には蝋燭が灯り、ご馳走や飲み物が並べられていた。支配人は私達を驚かそうと思って内緒で準備をしてくれていたのだ。私達の帰りが遅いので痺れをきらして迎えを寄越したのだった。仕事を終えたホテルのスタッフ達も加わりパーティが始まった。彼等は陽気だ。唄ったり踊ったり大騒ぎだ。間もなく12時になるというのに子供達も興奮して眠くはないようだ。子供達を寝かせようとすると、支配人はちょっと待ってくれと言った。午前0時、突然目の前の庭で花火が次々と上がった。「ハッピーニューイヤー」という言葉が飛び交い、乾杯を繰り返す。これも支配人が私達をもてなすために準備していてくれたのだ。子供達を寝かせ、私達は明け方まで飲んで騒いだ。

 マタブンカイは初めて訪れた地だ。それなのに、これほど皆が歓待してくれるとは思ってもいなかった。私達はマタブンカイに来て良かったね」と話し合った。心からそう感じていたのだ。

 (続きは後日アップします)