
成田空港からタイの首都バンコクまで約6時間のフライトは、エコノミークラスでも我慢の出来る時間だ。バンコクに一泊して、翌日、パタヤに向かう。バンコクから車で2時間半も苦にならない距離だ。
パタヤは、元は小さな漁村に過ぎなかったのだが、ベトナム戦争の帰休兵が遊びに来るようになり、僅かな年月の間に、アメリカナイズされた国際的なリゾート地に生まれ変わったのだ。

海沿いにはビーチロードが走り、近代的なホテルが立ち並び、世界各国のレストランが軒を連ねている。山側には、この道路と平行してセカンドロードがあり、こちらには安宿やオープンバーが多い。
夜ともなれば、国際色豊かな観光客が歓楽街に繰り出し、ロックが鳴り響き、喧騒の町と化す。お金さえ出せばなんでもありの享楽の町なのだ。昼間はショッピングの日本人が目立つが、暗くなると、ほとんど見かけることはない。旅行会社のガイドに脅かされ「君子危うきに近寄らず」なのだろう。

しかし、ハワイにはハナウマ湾があるように、パタヤにはコランがある。パタヤの沖合い10キロほどに浮かぶ島だ。「コ」は島、「ラン」は禿げの意味だ。日本風に言えば「禿げ島」だが、実際のコランは椰子の木に覆われた緑の島だ。島は珊瑚礁に囲まれているので、周りは見事なエメラルドグリーンの海だ。

島では、ほとんどのマリンスポーツを楽しむことができる。一番の人気はパラセイリングだ。モーターボートが走り出すと、パラシュートを付けた体が一気に50メーターくらいの空中に舞い上がる。スリルと共に爽快感を味わえる。眼下には海底の珊瑚礁の斑模様がくっきりと見える。十数艇のモーターボートがパラシュートを引っ張って旋回している。水上スキーを引いているボートもある。騒々しいのはレンタルの水上バイクだ。甲高いエンジン音をあげてミズスマシのように走り廻っている。

私は射撃には少々自信がある。海外ではかなり練習をしたものだ。80%くらいは標的に命中する。私の前方の空き瓶だけはすぐになくなる。その都度、係員の若い男が空き瓶を胸に抱えて走っていき標的の台に並べるのだ。きっと嫌な客だと思っていたに違いない。
ホテルに戻り、シャワーを浴びてさっぱりしたら、オープンバーに行ってみるのも面白いだろう。まだ、太陽が頭上で輝いている頃から営業を始めている。屋根だけの文字通りのオープンバーだ。日本のビアガーデンのような感じだ。ただし、カウンター席だけだ。ここでは、ほとんどの客がタイの代表的なビールであるシンハを飲んでいる。とにかく安い。質は落ちるがホステスも沢山待ち構えている。深夜になると物騒な感じがするので、避けた方が良いだろう。以前、飛行機で乗り合わせたバングラデシュ人は拳銃で脅されて持ち金全部を取られたと言っていた。
陽が沈んだら、シーフードレストランで食事だ。パタヤでは客席が海上にせり出した「ナン・ヌアン」が有名だ。入り口付近には、氷を敷き詰めた台の上に、いろいろな種類の魚介類が所狭しと並べられている。大きな水槽では活き魚が泳ぎまわっている。その中から食べたいものを選び、調理方法を指示してテーブルで待つのだ。
海上の客席には爽やかな風が通り、昼間の暑さが嘘のようだ。冷えたビールを飲んでいると、ほどなく、注文した料理が次々に運ばれてくる。魚よりも、蟹、海老、貝類が美味しい。塩茹での小海老はビールにぴったりだ。周りの客はドイツ人が多い。東南アジアではどこの国でもドイツ人の観光客が多いようだ。

ビーチロード沿いには沢山のディスコバーがある。客が踊るのではなく、カウンターと続いたステージで、超ビキニのダンサーが踊るのを眺めながら酒を飲むのだ。ステージの合間はダンサーがホステスを務める。客は外国人の観光客ばかりだ。こういう店にはあまり日本人はやってこないからなのかか、半年ぶりに行った私を憶えていてくれた。
パタヤの周辺では数個所でエレファント・ショーをやっている。大抵は十数頭の象がいて様々なショーを見せてくれる。操るのは皆十代の少年だ。ショウが終わると観客を象の背に乗せてくれる。子供たちは大喜びだ。大人にとっても楽しい体験だ。
