昨夜のうちにペナン島のホテルに到着する予定が、飛行機の故障で一夜明けて昼になってしまった。数年前に友人と二人でマレーシア第一の観光地ペナン島へ旅行した時のことだ。

 エンジン音の異常に気が付いたのは九州を過ぎて少し経ってからだった。機体の振動も伝わってくるようになり不安が高まった。間もなく「エンジンの一基が故障をしたので、沖縄空港に緊急着陸します」とアナウンスがあった。飛行機は喘ぎながらも飛行を続けている。

 数十分後、無事に沖縄空港の滑走路に着陸した。機内からは一斉に拍手が沸き起こった。エンジンが一基駄目になったくらいでは飛行には問題がないのに、少し大げさだ。私は常々、悪天候で飛行機が揺れた方が楽しいと思っているくらいなので、少々物足りなかった。

故障したマレーシア航空機

 でも、それからが大変だった。200人以上の乗客は狭い一室で過ごさなければならなかった。成田で出国手続きを済ませているので、搭乗待合室から出ることができないのだ。椅子に座れた人は数十人だけで、大多数の人は床に座るしかなかった。私も床に座って尻が痛いのを我慢した一人だ。

 6時間後、別の飛行機で沖縄空港を飛び立った。予定ではペナン島に到着している時間だった。クアラルンプールに到着したのは深夜だった。ペナン島行きの飛行機は朝までない。がらんとした空港待合室の固いベンチで5時間を過ごした。結局、ペナン島に着いたのは昼少し前、成田を発ってから丸一昼夜かかったわけだ。

ペナン島ジョージタウン

 日本から一緒だった人達と別れ、私達二人は日本人団体客がいない静かなホテルにチェックインした。部屋に入った途端にベッドの上に倒れこんで寝てしまった。目が覚めたのは夕方だった。シャワーを浴びてから、友人と二人でホテルのバーへ行った。

ペナン島タンジョンブンガ

 時間が早いので数人の客しかいなかった。バーテンダーは女性だった。それもマレーシア美人だ。私達は当然、カウンターの椅子に掛けた。バーテンダーとの会話を楽しみながらシーバスの水割りを飲んだ。英語を話せない友人はニ三杯飲んで部屋に引き上げてしまった。

 それを待っていたかのように、カウンターのはずれで飲んでいた男が私に声を掛けてきた。見ると髭面のいかつい男だ。私の隣に行っても良いかと聞いている。
「OK」私が言うと、早速飲みかけのグラスを持って私の隣の椅子に来た。

 そばで見ると赤銅色をした彼の容貌は迫力があった。テレビや映画で見る人食い人種の顔である。暗闇で突然彼に出くわしたら、おそらく腰を抜かすだろう。彼はパプアニューギニア人だった。数十年前までは、パプアニューギニアの奥地の種族には人食いの習慣があったのだ。彼も立派に通用する面構えだ。

パプアニューギニアの紳士?

 パプアニューギニアでは今でもペニスケースひとつの素っ裸で暮らしている種族もいるそうだ。無理も無いだろう。20世紀の初め頃でも石器を使っている種族がいた国なのだ。でも、隣の彼は原色のど派手なアロハシャツを着ている。彼は種族が違うらしい。

 彼と話しをしている内に、彼のグラスが空になっているのに気が付いた。
「もう飲まないのか?」私は訊ねた。
「ご馳走してくれるか?」
「いいよ」初めてパプアニューギニア人と会話をするチャンスを得た私は勿論OKだ。

 数分後、彼は顔に似合わぬ人懐っこい目で「いいか?」と私に聞いている。見ると彼の手には空のグラスがあった。バーテンダーに注文をしてやると、グラスを受け取り美味しそうに飲んでいる。グラスが空になると、また、人懐っこい目で「いいか?」と聞いてくる。黒光りした獰猛な顔が、その時だけは何とも言えない愛嬌のある表情になる。

 彼は財布から一枚の紙幣を取り出して私に寄越した。小さな汚れたお札だ。2KINAと書いてある。初めて見るパプアニューギニアのお金だ。私は彼が記念にくれたのだと思い、お礼を言ってポケットにしまった。しかし、彼は私の方へ手を出している。「なんだ、見せてくれただけなのか」私が返そうとすると、彼は言った。
「ノー、ノー、ダラー」
 なんだ、ドルと取り替えようというのか。私が1ドル札を渡そうとすると
「ノー、ノー、テンダラー」
 2KINAがいくらの価値か知らないが、言われるままにUS$10と交換した。

 飲みながら会話を続けたのだが、彼の話では、パプアニューギニアの大臣だと言う。今回は団体で閣僚の視察旅行だそうだ。東南アジアの各国を歴訪している途中ということである。アジアの東の国でも議員さんの視察旅行は観光地と決まっている。

「まさか」私は彼がほらを吹いているのだと思った。いくら発展途上国だといっても、一国の大臣が初対面の私に酒を奢ってくれと言うだろうかと考えたからだ。
 でも、ロシアの大統領の月給が十数万円だと聞いたことがある。パプアニューギニアなら数万円というところだろうか。シーバスの水割りは一杯千円くらいとすると、大臣でも自前で飲むには高すぎるのだろう。 しかし、政治家は給料が安くても、汚職で儲けているのが普通だ。彼は清廉な大臣なのだろうか。

 7〜8杯もお代わりをしただろうか。彼は、まったく酔った気配はない。私に名刺をくれた。HEALTH MINISTERだ。保健大臣といったところだろうか。
「パプアニューギニアは良いところだ。是非、遊びに来いよ。ポートモレスビーに着いたら電話をかけてくれ。秘書を迎えにやるよ」と言うのだ。どうやら本物らしい。

ポートモレスビーの夕陽

 そうこうするうちに、私の友人が夕食を食べに行こうと誘いに来た。話しこんでいるうちにそんな時間になっていたのだ。疲れているので、今夜はホテルのレストランにする。
「レストランへ行くので、これで失礼するよ」彼に言ってバーを出た。

 レストランへ行き、ふと気が付くと例の大臣が私の後ろに立っているではないか。バーから付いて来ていたのだ。しかたなく、一緒にテーブルに着くように勧め、またもやご馳走する破目になってしまった。その彼の食べっぷりの凄いのには驚かされた。優に私の三倍は食べただろう。食事はビュッフェスタイルだったので事無きを得た。

 翌朝、ロビーで異様な一団を見た。パプアニューギニアの大臣一行がチェックアウトをしているのだ。私は、顔や体に絵の具を塗って槍を持った人食い人種の群れを想像していた。皆、同じような赤銅色の髭面で、昨夜の彼を見分けることは不可能だった。

パプアニューギニアのシンシン族

 あれから数年が経つが、私はいまだにパプアニューギニアへは行っていない。
 しかし、時々、あの2KINA紙幣を見て、「彼は今も大臣をやっているのだろうか?それよりも本当に大臣だったのかなぁ」と、思い出している。2KINAは日本円で二百円だった。