私にとってサイパンは特別な思いがあるところである。

 良い風が吹いていた。7〜8mはあるだろう。私はホビーキャットを操り一人で沖へ向かった。14フイートのカタマランヨットだ。クローズド・ホールドでスプレイを浴びながら突っ走った。爽快、爽快・・・


 私はハイクアウトをしながら、さらにメインシートを引いた。座っている側のハルが宙に浮いている。怖いほどのスピードを感じる。シートを持つ手にもテラーを持つ手にも力が入る。快感だ。こんな気分は久しぶりだ。まっしぐらに沖へ沖へと疾走した。

 前方に黒い雲が見えてきた。見る見るうちに近づいてきた。早く逃げなければ大変だ。振り返っても、波とうねりで陸地は見えない。タックだ。テラーを押したがバウが風上を向かない。逆方向に潮の流れが速いのだ。スピードを上げて再びタックを試みた。駄目だ。また、スピードを上げて試みた。やはり駄目だ。

 すでに周りは荒れ狂う海と化していた。大波がマストの上から襲いかかる。「あっ」という間もなくバウが水中に突っ込んだ。私は海に投げ出された。水中に没した頭の上からセールが覆い被さってきた。ロープも絡みついてきた。水面に顔を出せない。息ができない。このまま死ぬのか。一瞬頭をよぎった。やっとの思いでセールとロープから逃れ、完沈したハルにしがみついた。頭上から大波が息をつく間もなく次々と襲いかかってきた。


 私の体力は限界にきていた。手足の感覚がなくなっていた。とうとうハルから手が離れた。水中に呑み込まれた。これで本当に終わりだ。これで死ぬのだ。朦朧とした私の頭の中では既に死を観念していた。命を喪うことを当然のように感じていたのだ。

 気が付くと、私は再びハルにしがみついていた。私の思考とは別に、肉体は生にたいする執着があったのだろうか。愚かな私の精神よりも肉体の方が勝っていたのだろう。治まりかけてきた嵐の中で、私はそんなことを思っていた。

 それから一時間ほど経って嵐が通り過ぎ、私はレスキューに救助された。完沈していたホビーキャットを起こし、私を浜まで運んでくれたチャモロの青年のなんと頼もしかったことか。

 サイパン島は私が死の淵から甦った島なのだ。