私が好きな旅行スタイル。それは自由にのんびりすることだ。少なくとも1週間くらいは1ヶ所に滞在するのが良い。毎日ホテルを移動して歩くなどとんでもない。それでは何のための旅行なのか。ただ疲れに行くようなものではないだろうか。とは言っても、会社勤めをしていては難しいだろう。欲張らずに1週間の休暇がとれるのなら1ヶ所滞在型の旅行をお勧めする。

 私の旅行の目的は、体を休めてのんびりすることの他に、現地の人達と交流することである。名所旧跡などの観光地を駆け足で周ってもつまらない。現地の人達と親しく付き合って、その生活に触れることが旅行のひとつの目的である。一流ホテルに泊まってガイドの案内で上っ面を見て周るのではこのような体験はできない。

 外国、特に東南アジアは物騒だと考えるのは間違いだ。アメリカやヨーロッパなどよりもよほど安全なのだ。同じ東洋人ということで安心感もある。ただし、ブランド品で着飾って高価な時計や装飾品を身に付けて外出するのは考え物だ。まるで襲ってくれと誘っているようなものなのだ。日本では普通でも、現地では札束をぶら下げて歩いているようなものなのだ。とびっきりの美女がヌードでチャラチャラ歩いているようなものなのだ。私は現地の人達と同じような服装を心がけている。

 東南アジアの人は皆が貧しいわけではない。富みの大部分が数パーセントの人間に握られているのだ。日本人には想像もできないほど豊かな暮らしをしている人もいるのだ。日本をはじめ他の国からの援助も、このような一部の特権階級の私物と化しているのだ。今のままでは私達の善意は本当に困っている人達には渡ることはないだろう。私達が考えなければならないことだ。

 東南アジアの人達は、たとえ貧しくても皆が陽気だ。そして少しシャイだけれど実に親切だ。西欧の狩猟民族とは違う同胞意識を感じる。やはり、日本人はアジアの一員だからなのだろう。西欧と比べて東南アジアには安らぎを感じるのである。

 私が常々思っていることがある。旅行のガイドブックや海外旅行の通だと自認する人がこのように言っている。「相手は貧しい人間なのだから、そこを考えてチップをやり過ぎないように。それが常識になってチップの相場を吊り上げるのだ。」私はとんでもない間違いだと思う。チップは受けたサービスにたいする感謝の気持ちを表すものである。受けたサービスに対して、自分の尺度でチップを渡せば良いのではないのか。それを相手の貧富の差で増減するなんて、絶対に間違いだと思っている。

 以前は東南アジアを「後進国」と呼んでいたことがある。今は「発展途上国」という呼び方に変わった。呼び方を変えただけでは無意味ではないだろうか。では、日本は「発展達成国」なのだろうか。欧米に追いつき追い越せと努力した結果、確かに物質的には豊かな国になった。しかし、その過程で最も大切なもの、人としての心をを喪ってしまったのではないだろうか。東南アジアの国々は、日本と比べると物質的には貧しいが、人々の心は豊かだと思うのだ。人間として、そちらの方が幸せなのではないだろうか。物質欲には 限りがない。喪った心は簡単に取り戻すことはできないだろう。日本はもっと東南アジア に目を向け学ぶ必要があると思うのだ。

 この章の最後に、一言、言いたいことがある。毎年、暮れから新年にかけて、ハワイで過ごす芸能人の話題が、テレビのワイドショウなどを賑わせる。ハワイで正月を過ごすことが芸能人としてのステータスなのだろうか。確かに一昔前なら皆が羨んだことだろう。それを追い掛け回すテレビ局やリポーター達も情け無いものだ。人それぞれ好きな旅行先があるのは解るが、日本人観光客で混雑している正月のハワイが居心地が良いとは思えない。彼等はテレビで放送して貰いたいからハワイに行くのだろうか。正月を東南アジアで 過ごしたという芸能人の話は聞いたことがない。東南アジアでは自分のイメージダウンになるとでも思っているのだろうか。所詮、芸能人の思考はその程度のものなのだろうか。